融通が利かない人
婦人警官に代表される「融通の利かない、厳しいルール運用」は、必ずしも彼女らが「女性だから」ではありません。
彼女らが「ものごとを決めたり、決まりにもとづいて他人を取り締まったり」した経験を(歴史的に)ほとんど持っていないからです。
ルールそのものが、自分で決めたわけでないので、それの「自由な運用」など考えられず、「文字どおり適用する」以外の行動は、彼女らにとって不安の種となります。
あるPR誌の編集業務のなかで、こんな事例もありました。
旅ものの記事で、文豪・谷崎潤一郎の文章の一節を引用することになり、PR代理店の男性編集者が旧仮名つかいの原文のまま書き写したところ、クライアント企業の女性社員が「新仮名つかいに直せ」と命じました。
代理店とクライアントの関係では、年齢やキャリアに差があっても、クライアント側の社員のほうが「管理サイド」になります。
その強い立場に立っての指示ですが、さすがにこのときは男性研修者が抵抗しました。
「ふつうの文章なら直すのもいいが、谷崎の名文ですよ」というわけです。
女性社員は「だって、ルールなんだから」と固執するので、問題は解決せず締め切りが遅れ、結局PR代理店の社長とクライアント側の広報部長の話し合いで「原文のまま」と決まったのですが・・・。
あるいは、女対男という対立関係になったとき、管理・取締り側に立つ女性には、これまで「女に対して命令する性」であった男たちへの「潜在的な恨み」がプラスされて、より厳しい態度になるのかもしれません。
しかし、ことの本質は「女だから」ということではなく「不慣れなまま、準拠すべきルールと、それにもとづく部分的な権限のみを量られたから」という点にあります。
男性であっても同じような立場であれば、女性と同様に「融通の利かないルール運用者」になっている例が少なくありません。
これは派遣 千葉で働く人たちにも同様のことがいえます。
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